二世家元西川鯉三郎

昭和20年8月15日、第二次世界大戦の終戦のあと、まだ焼け跡の生々しい中、人々のすさんだ心を慰めるため、家元をはじめとした舞踊家達が街頭で踊りを始めたというエピソードも伝わっています。

そしてそれがきっかけとなり「名古屋をどり」がスタートします。第一回目は戦後すぐ、昭和20年。舞踊の長期公演という、ほかにはないこのスタイルの舞踊会は、会場は変わっても毎年、名古屋の秋の風物詩として多くの人々に親しまれています。

また、西川流独自の「舞踊劇」が始まったのもこの「名古屋をどり」から。演劇性をもつだけではなく、ドラマとして、先入観なく楽しめる、感動をあたえる作品。小さい世界に引きこもらず、あくまでも「観客」を意識する芸能を追究する姿勢は多くの人々の共感を呼びました。

二世鯉三郎は友人、仲間に恵まれ、さまざまな分野の才能と共同で多くの作品を作り上げました。「名古屋をどり」をはじめとして、数々の舞踊会に参加したスタッフ群を列挙しますと、川端康成、有吉佐和子、高見順、木下順二、木下恵介、三島由紀夫、水木洋子、水上勉、東郷青児、清元栄次郎、野沢喜左衛門、杵屋六左衛門、団伊久磨と枚挙にいとまがありません。

演劇味あふれる舞台、踊りに対する人一倍の情熱、人なつっこい性格もあって、この西川流は中部圏だけではなく、次第に全国規模の流派になってゆきます。

70年余りの生涯の中で、約3000曲もの作品を手掛けてきた二世鯉三郎は昭和58年7月31日、世を去りました。

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二世家元西川鯉三郎

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