家元が注目するものが

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芸妓と料亭

名古屋をどり料亭プラン 女将に聞く

河文女将 香川絢子

 明治の頃には名古屋にも3000人くらいの芸者がいた時代がありました。長者町には芸舞妓の置屋が34軒の軒を連ね、中でも一番権威のある連を「盛栄連」と言いました。河文は、この「盛栄連」を含む長者町にほどなく近かった為「芸の河文」と言われたと聞いています。

 河文座を開き今年の秋で55回になります。先代の女将さんが芸妓さんに発表の場を提供しようと、平成12年から名妓連に声をかけ、河文座に芸者が出て踊るようになり、平成15年の第40回河文座には名妓連を総揚げしての催しになりました。

 現在、河文だけでなく名古屋の多くの料亭で一見さんの受け入れが進んでいるように感じます。ご贔屓筋のご紹介なくとも芸者が呼べるという事が認知されれば、外国の方もふくめ全国から芸者に会うために名古屋に寄ると言う、新しい観光の切り口が提案できると思います。

か茂免女将 船橋まゆみ

 料亭には、料理・庭園・建築・しつらえ・おもてなし、など様々な日本の伝統文化が凝縮されています。加えて芸事も重要な要素に挙げられ、宴席での御座附き(芸伎の舞の披露)など、料亭ならではのお楽しみのひとつになっています。

 料亭といえば「接待」「芸者」「一見さんお断り」という時代もありましたが、現在では宴席のスタイルも多様化しており、週末には料亭ウェディングや結納などでのご利用も増えてきています。

 また芸妓を招いてのイベント開催など、色々な角度から料亭や芸妓を知って頂く機会を増やすよう、企画も考えています。

「伝統を守りつつ、進化する」

粋な料亭遊びを文化として次世代に残していけるように、西川流さん、芸妓組合と連携し、名古屋の伝統文化を支援してまいります。

名古屋浅田女将 黒瀬裕子

 赤坂浅田の加盟していている赤坂組合の芸者の育子ねえさんが春の叙勲で花柳界から初めて旭日双光章を受賞しました。そういう文化を継承しながら応援していくというのが浅田の願いでもあります。

 浅田屋は金沢市に本家を置きますが、ゆかりの地は名古屋でございます。先祖は荒子城主だった前田利家様に忠勤し、加賀藩四代目綱紀公の時、浅田家の姓を賜りました。357年前のことでございます。

 日本人が培ってきた畳の上で、もてなしの料理と酒があって芸能の振る舞いがあるという文化を無くさないようにと思ってきました。昨年は岐阜芸妓様のお座付きにより、駅ビルの一室とは思えない風情のある空間ができ、お客様に大変お喜び頂けました。

 西川流様は「赤坂をどり」や「金沢おどり」の振り付け指導をなさっていて大変お世話になっております。最近はスタッフの研修としてお店で日舞のお稽古もやってもらっています。

 

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