第1回名古屋をどり ●【昭和20年9月24日〜26日】3日間
●演目
 常磐津「釣り女」「お夏狂乱」と、佐渡おけさ、誰か故郷を思はざる、などポピュラー曲で構成した大衆舞踊、民謡「日本風俗舞踊」。
●話題
 戦時中、昭和18年から軍の指令で中部各県の軍隊、工場を慰問していた西川一門の舞踊家約70人が、県知事の要請で行った戦後初の舞踊公演。記録によると、娯楽に飢えた市民が押しかけて連日満員とある。正式タイトルは“名古屋舞踊団第一回秋季公演・名古屋おどり”、入場料4円50銭。西川一門はこのあと、名宝劇場の映画のアトラクションにも随時出演。
●世相 「お夏狂乱」稽古風景
1945年:八月十四日ポツダム宣言無条件承諾。十五日終戦。
 名古屋で唯一桟敷劇場、名古屋宝塚劇場(名宝)
1946年:天皇の人間宣言、新円の発行。
1947年:日本国憲法施行、2.1ゼネスト中止、古橋選集の水泳世界新記録。
左:第1回名古屋をどりを知らせる新聞広告
 第2回名古屋をどり ●【昭和23年11月25日〜30日】6日間
●演目
 田中青滋作、岸上きみ作曲、大和楽「河」。 岡本崎堂作、杵屋喜鶴作曲、長唄「芋堀長者」、西條八十作、宮川英棋作曲、大和楽「一葉 たけくらべ」西川鯉三郎構成、宮川英棋(のちの宮川寿朗、清元名-清元栄寿郎と同一)編曲「芸者の四季」一門松/湯島/雪の小梅などで構成。ほかに同流として戦後最大といえる西川鯉三郎主演の「紅葉狩」、邦枝完二作、大倉聴松、宮川英棋/岸上きみ曲の大和楽「三枚絵」、長合川時雨作 宮川英棋作曲の大和楽「江島生島」など、毎日演目をかえて昼夜各6本上演。
●話題 上:名古屋をどり公演中の御園座
 御園座の再建を待って、第二回目の開催であった。
●世相
 1948年:帝銀事件、極東軍事裁判判決、御園座再建なる。
左:公演に詰めかける観客
 第3回名古屋をどり ●【昭和24年9月22日〜29日】8日間 御園座
●演目
 長田午狂作、常磐津文字八作曲、西川鯉三郎作舞=常磐津「むらぎも杖」−盲目の夫と その目を直そうとする妻の美しい夫婦愛を。西川鯉三郎構成、清元栄次郎編曲「民謡だより」−奴さん、おてもやん、よさこい節なとで構成した民謡バラエティー。ほかに西川鯉三郎主演の竹本・常磐津「清姫」、清元「山姥」 野口雨情作、栄次郎作曲の清元「春雨」 西川鯉三郎構成 栄次郎作曲の清元「西鶴五人女」を上演。
●話題
この回から、鯉三郎と長年名コンビであった清元栄寿郎(当時栄次郎)が大和楽、清元の作曲者、立三味線として来演。地方(ぢかた)も東京より参加。また大和楽団が来演。新味を盛った大和楽と、西川古典を洗い直した常磐津ものを中心に上演。
清元栄寿郎
●世相  1949年:下山・三鷹・松川事件
 第4回名古屋をどり ●【昭和25年9月22日〜10月1日】10日間 御園座
●話題
 邦枝完二作、栄次郎作曲=大和楽「朝顔」−宮城阿曹次郎と深雪のスレ違いを描いた悲恋ドラマ。邦枝完二作、宮川英棋作曲=大和楽「団十郎娘」西川鯉三郎構成、栄次郎編曲、土井新次美術「歌の旅道中みやげ」−なじみの曲を使って日本橋から京まで八景で構成した娯楽編。西川鯉三郎の清元「隅田川」や司津の長唄「今様望月」など。
●演目
 西川鯉三郎が踊りに劇的要素を加えたいわゆる舞踊劇のハシリといえる作品。この作品から鯉次郎か西川鯉三郎の相手役に。☆高松宮殿下ご観劇。
●世相
左:高松宮殿下 朝鮮戦争勃発、特需景気、レッドパージ、千円札の発行(聖徳太子肖像)NHK創立
 第5回名古屋をどり ●【昭和26年9月20日〜10月3日】14日間 御園座
●話題
 大倉聴松構想、高見順作、大和楽団作曲、東郷青児P美術、岡倉志朗演出=大和楽「白鳥は来りぬ」−純文学の高見順が初めて手がけた舞踊劇。恐れ山をバックに山賊に育てられた娘に 白鳥をからませた異色作。主演は西川鯉三郎。 木下順二作、田中青滋脚色、栄次郎作曲、長坂元弘美術、西川鯉三郎作舞、岡倉士朗演出=清元「彦市ばなし」--民話をアレンジした舞踊劇。九州弁で喜劇味を。鯉三郎、鯉次郎、近藤雅彦(西川右近)主演。田中青滋作、西川鯉三郎作舞=大和楽「子供と人形」、邦枚完二作 西川鯉三郎作舞=清元「八幡鐘」−深川芸者と鳶の恋を描いた舞踊劇。西川鯉三郎構成「歌舞伎絵巻」−七段目/櫓のお七など2場構成の歌舞伎バラエティー。 渥美清太郎作、栄次郎作曲=清元「峠の万才」 長田幹彦作、宮川英棋作曲=大和楽「夜の梅」(藤十郎の恋)
●演目
 西川鯉三郎が名古屋をどりを新作舞踊の創作の場として本腰入れて活動し始めた冒険期の“のろし”を揚げた公演。異色作“白鳥”は当時、日舞の邪道と酷評されながら大入りを記録。大倉(ホテルオークラ創立者)元男爵の大倉喜一郎氏がきもいりで、西川流に文学者を組み合わす試みがなされ、以降舞踊劇に多くの作家が参加する。
「白鳥は来たりぬ」西川鯉三郎
●世相
1951年:サンフランシスコ条約調印、日米安保条約調印、八海事件
 第6回名古屋をどり ●【昭和27年9月9日〜28日】20日間 御園座
●話題 ●演目
 田中青滋作、栄寿郎作曲、西川鯉三郎作舞=清元「月」−河につぐ素踊りの連作.西川鯉三郎主演。 小島二朔舞踊化作.杵屋六左衛門、春日とよ作曲、西川鯉三郎作舞=長唄小曲「紅楓累物語」(上の巻)文字八、栄寿郎作曲=常磐津/清元「紅楓累物語」(下の巻)歌舞伎の名作を踊りにアレンジ。昼夜に分けた通し狂言。累は西川鯉三郎。ほかに邦枝完二作、文字兵衛作曲の常磐津「吉田御殿」、邦枝完二作。大和楽団作曲の大和楽「扇」、内海重典作、杵屋喜多六作曲の舞踊劇「かぐや姫」、中内蝶二作、栄寿郎作曲の清元「久松の幻想」など。  歌舞伎でも通し狂言として上演されない『累物語(かさねものがたり)』を舞踊劇にしたことが話題となり、木村伊兵衛氏の撮影した舞台面も評判に。
●世相
メーデー事件、平和条約発効、「もく星号」遭難
 第7回名古屋をどり ●【昭和28年9月12日〜29日】18日間 御園座
●話題
 木下順二作、栄寿郎作曲、西川鯉三郎作舞、長坂元弘美術、岡倉士朗演出=清元「おもん藤太」−まま母に両腕を斬られた娘おもんと若者藤太の愛を描いた民話風舞踊劇。西川鯉三郎、鯉次郎主演。内海重典作、宮川寿朗作曲、西川鯉三郎作舞、荒島鶴吉美術=大和楽「たけくらべ」、長田午狂作、鶴沢綱造、杵屋六左衛門、栄寿郎作曲、杉本健吉美術、西川鯉三郎作舞=竹本/清元/長唄「太閤記」--上下八場横成の豪華絵巻。このほか西川鯉三郎主演の力作「紀州道成寺」、邦枝完二作、宮川寿朗作曲、西川鯉三郎作舞の清元「芸魂」など。
●演目 ●世相 「おもん藤太」西川鯉三郎 西川鯉次郎
 『彦市ばなし』で舞踊劇を手がけた木下順二氏が、名作「おもん藤太」を舞踊劇化して、話題となる。両手の無いおもんを踊る、鯉三郎が話題となった。 「バカヤロー」解散、 中国・ソ連から引き揚げ、日本航空創立。資本金20億円のうち、10億円が政府出資という特殊な会社。
 第8回名古屋をどり ●【昭和29年9月10日〜27日】18日間 御園座
●話題
 大倉聴松構想、川端康成作、宮川寿朗作曲、西川鯉三郎作舞、江崎孝坪美術、岡倉士朗演出=大和楽/清元「船遊女」−文壇の川端康成の初の舞踊劇。平家没落の悲詩をうたいあげた大作。鯉三郎主演。長田午狂作、民話「炉辺ばなし」邦枝完二作、大和楽「甚五郎人形」−名工のつくった人形が踊りだすといった舞踊劇。その後ヒット作として各地で上演。
●演目 西川鯉三郎、川端康成、西川右近
 川端康成の「船遊女」が大好評、西川鯉三郎はこの作品で、“舞踊劇”という新しい分野でひとつの頂点を示し、名古屋をどりと自らの存在を東西に。この時の縁で、後に川端氏がノーベル賞を受賞した時には紋付・はかまを送り、氏は唯一日本人着物で授賞式に出た。
●世相
1954年:洞爺丸遭難、ビキニで水爆実験、第五福竜丸被曝、二重橋事件
左:「船遊女」西川鯉次郎、西川鯉三郎
 第9回名古屋をどり ●【昭和30年9月9日〜28日】20日間 御園座
●話題
 高見順作、田中青滋脚色、栄寿郎作曲、住田長三郎作調、東郷青児美術、西川鯉三郎作舞=清元「湖の火」−諏訪湖に伝わる民話に取材した舞踊劇。西川鯉三郎主演。小島二朔作、常磐津文字兵衛、栄寿郎作曲、住田長三郎作調 、長坂元弘美術、西川鯉三郎作舞。常磐津/清元「振袖流し」。 ほかに邦枝完二作「朝顔」再演や清元「身替りお俊」など。この年から発表会「西川会」がスタート。
●演目 ●世相
 秋の名古屋をどり、春の西川会の両立が話題を呼んだ。ちなみに『湖の火』は出来評としてかなり不評であったが、観客の評判は前回までの評をはるかに上回る公演であった。 保守合同55年体制、森永粉乳中毒事件
 第10回名古屋をどり ●【昭和31年9月7日〜28日】22日間 御園座
●話題
 北條秀司作、栄寿郎作曲、長坂元弘美術、西川鯉三郎作舞=清元「いとはん」−顔のみにくい老舗の娘の、手代に寄せる恋心を描いた舞踊劇。“作、音楽、振り三者の情熱が燃焼、演劇性と舞踊性が渾然一体となった傑作”と好評。主演西川鯉三郎、鯉次郎。長田午狂作、小田さだ、近藤きみ編曲、土井新次美術、西川鯉三郎作舞「浮世女風俗」--六場構成のバラエティー。 小島二朔脚本、文字八作曲、井出昭治美術、西川鯉三郎作舞=常磐津「三世相錦繍文章」−おその六三を六場構成にした歌舞伎舞踊。 田中青滋作、杵屋六左衛門作曲、江崎孝坪美術、西川鯉三郎作舞=長唄「鷲の舞」−能の世阿弥の若さ日を舞踊劇に。ほかに再演の「彦市ばなし」など。
「いとはん」西川鯉三郎、西川鯉次郎
●演目 ●世相
 好評の「いとはん」はその後、京マチ子主演で大映で映画化。この年から西川右近が名取として出演。 神武景気、日ソ国交回復、太陽の季節、日本隊マナスル登頂

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